幼稚園のころから11年間続けてきたサッカー。息子はサッカー中心の毎日をおくってきました。勉強と両立できるならと見守ってきましたが、放課後毎日の部活に毎週末のバス遠征試合、そして年数回の遠征合宿と、サッカーにかかる割合が大きすぎて、到底勉強との両立は無理でした。でも中学校生活は好きなことをとことんさせてあげたいという思いがあり、勉強のことはあまりうるさく言いませんでした。そんな親子ともにのんびりしたツケがのちのち響きました。

3年の夏の終わりにやっとクラブを引退、それから塾の授業を5科目受講に変更し、数学と英語はハイレベル特訓も受講しました。日曜日の特訓もあり、ほとんど毎日塾通いでした。毎日塾に行っていましたが、ゲームや漫画などの誘惑に負けたこともしばしばありました。どうなることかと心配しましたが、受験が近づく中で本人がはっと気づいたようで、何かに取り付かれたかのように猛勉強し始めました。毎日コツコツが理想ですが、息子は猛ダッシュでした。「からだ壊したら元も子もないからほどほどにしたら」と、これまで口にしたこともない言葉が私の口から何度も出ました。

私立高校入試時に猛勉強のピークをむかえました。そのおかげで見事合格!・・・はよかったのですが、最終目標ではないのに、本人はここで安心しきってしまい、勉強意欲が途絶えてしまいました。

ここから本命の公立高校入試まであと1ヶ月、本当に長く感じられました。ふたたび闘志を燃やすようになったのは、学校での最終進路懇談で内申点を知らされてからです。このままでは合格できるはずがないことにやっと気づいたようでした。内申点で劣る分、自己申告書も大切だ・・・と何度も何度も書き直し、最後まであがいていました。結局クラスで1番最後に提出したようです。

サッカーに明け暮れる息子が自分の偏差値も気にせず志望校を「高津高校」と言った時は、先生方はびっくりされたことでしょう。ところが、公立高校入試直前に内申点を知った先生は、志望校を変更させることなく、「高津高校合格」のために夜遅くまでとことん勉強に付き合ってくださり、ありがとうございました。おかげで息子の口からは最初から最後まで「高津」という名前しか出ず、晴れて合格することができました。

1年前、半年前には想像も出来なかった高津高校への入学。越先生をはじめ、創研学院の先生方が丁寧にご指導してくださったおかげです。本当にありがとうございました。

恋こがれた高校への入学、我が家は桜満開です。